時間のある水墨画

 二、三ヶ月前に描いた絵だが、画室の壁が狭くて全体をよく見ることができなかった。先日会場へ置いてみて、やっと検証することができた。

 この大きさの水墨画は初めてで、今回はパルプを加工したロール紙に描いた。勿論、紙の反応は鈍く、墨の線も発色も冴えなくて表現の幅は狭ばまる。 

 紙が違うということは、絵画の本質的な問題に関わることに改めて直面した。描いている最中にはその対応で追われ、細かく考えることもなかったが、こうして終わった作品を検討してみると、やっていたことの意味がわかり、さらにその新たな可能性も感じることができる。

 私は、主に宣紙という敏感で表現力のある紙を主体に使ってきたのだが、それは自分を顕にするためで、これは私が水墨画を自己存在を刹那の物として考えているからだ。

 ところがそれとは別に、もう一つ自己同一化した意識という物もあり、これが時間という概念と繋がって人間の文化を作り上げている。どちらが正しいということはないのだが、そうしたものに対応する絵画という物もあって、そちらからすると、描いたり塗ったりを重ねることが必要になる。

 こうした絵画にも間が働くとしたら、どういった物になるのか試してみたくなった。

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