画家の語る日本美術史4 池大雅と白隠慧鶴

 水墨画を描くことを志してから、この二人の仕事の意味が分かるのに何十年もかかってしまったというのが、偽らざるを得ない所です。そして、この一連の動画を作る動機となっています。

 大雅は自由ですがすがしい気持ちにさせる絵を描いて、多くの人に愛され、尊敬されてきた画家ですが、その仕事の分析はなかなか難しい物です。それは、世界の美術史の中でも、表現論的な意味での画期的ことを成し遂げているからです。

四条円山派的な筆

左から五雲先生愛玩 秀、秀運筆、玉堂先生清玩、書畫自在大、書畫自在小

       

      

     

    

 水茎堂さんから送ってもらった筆を試していた。四条円山派的な羊毛筆である、西村五雲と川合玉堂に関連付けられる筆が面白かった。

 使ってみると、なるほど彼らがあのような表現になったわけが分かる。それとも、あのような表現を求めてこのような筆を作ったのだろうか。どちらが先かはわからないが、そうはっきりとした物では無く、双方の要素が互いに関連して辿り着いた結果なのかもしれない。

 この筆を使うと、あの時代の形式が強く出てしまいかねないので、それを避けて扱うのが難しくはあるが、表現力はあるので、使いこなして新しい表現をしてみたくなる。

 私は羊毛系では如水を好きで使っているが、此等の筆よりは素直だ。写真の書畫自在はそれよりもかなり素直で、逆に面白みが無くなるとも言える。

 

 

日常

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神楽坂での個展を終えて一週間ほどが経ち(https://youtu.be/ZNsyXNNyJ1U)、その間のどこかで「日常」という言葉が浮かんできて、それを考え続けている。

ギャラリーは表通りに面していたのだが、明治時代の建物で、窓の外の樹が葉を茂らせて外界を遮断していたからだろうか。あるいはウィルスの流行するこんな時節で、来訪者が限られ、おのずからフィルターが働いていたためだろうか。

会期中の会場に流れていた空気は、今までにない物だった。それを「日常」と呼んではみたが、それが何者かが未だに分からないのだった。

美術評論の自縛

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 ちらりと目を通した新聞のコラムに、評論低迷の原因を、対象とすべき事が書き尽くされたからとして、重箱の隅をつつくようなものしきりできなくなったとあった。
門外漢から見ていると、自分で枠域を限定して何も残っていないと嘆いているように見える。
新しい文章表現が認められる、良い時節となっているように思えるのだが、確かに容易ではない。
しかし、もう次の書き手がしっかりと用意をして待っている事だろう。それは今の延長にはなく、しかし人類史を踏まえているはずだ。