美術評論の自縛

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 ちらりと目を通した新聞のコラムに、評論低迷の原因を、対象とすべき事が書き尽くされたからとして、重箱の隅をつつくようなものしきりできなくなったとあった。
門外漢から見ていると、自分で枠域を限定して何も残っていないと嘆いているように見える。
新しい文章表現が認められる、良い時節となっているように思えるのだが、確かに容易ではない。
しかし、もう次の書き手がしっかりと用意をして待っている事だろう。それは今の延長にはなく、しかし人類史を踏まえているはずだ。

『足跡』展 たましん美術館 

たましん美術館の開館企画Ⅲ『足跡』展。私はAct.3での展示になる。奥多摩へ転居したばかりの頃の幻想風な作品と、昨年描いた水墨画が並ぶ。

この美術館が地域に果たす役割は、丁寧な地域への見守りの姿勢にあると思う。現在は公立の美術館にもこうした視点が失われていて、貴重な存在になっている。

 

ましん美術館「足跡」2021ポスター2

ピーター・ドイグ展

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国立近代美術館「ピータ・ドイグ展」

美術展へ出かけるのは、ほんとうに久しぶりだ。10ヶ月?

以前だったらあり得ないことなのだが、無理をしてまで見たいと思う展示もなかった。最近の美術館に出かける気がしなくなっているのも確かだ。ゆっくり見るという楽しみが無くなってきていて、アトラクションにでも付き合っている気分になる。

 

ドイグの展示予告を見たときに、「イギリスで画家の中の画家と言われている」という一文があり、興味を持った。図版だけでは分からないが、これを批評してマーケットにのせるシステムと国に興味を持った。とてもそんな絵とは思えないのだが、実物はどうなんだろう。もしかしたら、思ったより面白いかもしれないと期待もした。

 

美術館も新型コロナ対策で予約制をとっているが、それほどに混むとは思えないので、普通に出かけた。案の定客は少なかった。

ビデオ画像から引用したと思われる絵画。過去の有名作家を思わせるテクニック。いろいろの方法が試みられているので、それが「画家の中の画家」ということらしいが、あいにく面白いとは思えなかった。絵の横の解説は数行読んで止めた。うるさい。勝手に見させてくれと思った。見ているだけで面白くないようなら、自分とは縁がないのだ。

 

批評家には良い素材かもしれないとは思った。何十億円で売れたとかは投資の問題だ。もうそういう時代は終わったなぁと、感慨深かった。

三味線の雪

三味線の雪

 ラジオを聴いていたら、 若い一中節の家元が、雪の描写を演奏していた。それで子供の頃に母や祖母、叔母などに連れられて、歌舞伎見物に行ったのを思い出した。

 劇中のあれやこれやのことがあって、この三味線が奏でられると、登場人物の一人が「おや、雪が降りだしたねー」と言って話を切る。その時に人間存在が宇宙という空間の中で相対化され、悲劇が救われるのだった。子供心にあの三味線の「間」は深く心に刻まれていたのだが、その訳を今になって理解した。

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