復元 芳文先生 筆 

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水茎堂さんの復元筆シリーズ「芳文先生」を試す。羊毛主体の運筆筆。長くも短くもなく、正統的な形。個人的には少し太味を感じるが、その分含みが良くて肥痩の線が自由に引け、表現力は増す。

画家としては、つい筆に極端な形を求めて表現の変化としたり、己の技の助けとするのだが、これだけまともで表現力の有る筆を前にすると、己の拙さを恥じる。

あまりにも気持ちの良い筆なので、つい電話をして感想を述べたのだが、使われている材料が良いものなのだと知らされた。粘るようにこちらの意志のままについてくる感覚は、やはり材料によるところも有るのだろう。正直なものだなぁと話し合った。

こうした筆を使ってみて、また新たに菊池芳文の絵などを見てみると、違ったものになるだろうとは想像がつく。ありがたい体験となった。

村上華岳の落款

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華岳の落款の押し方を確かめたくなって、画集を開いた。

彼の師の栖鳳はかなり構成的で見事な置き方をするが、華岳は画面の端近くに接して置いている記憶があって、あれはどんな思考なのかと気になったのだ。

落款によって絵が生きたり死んだりするので、署名と落款の位置に気を使うのは当たり前だ。そのためには一般的な約束事は無視される事もある。これも当然の成り行きだ。

晩年の華岳の絵は小さいので、それに比較して彼の印は大きいと言える。中には二つ押してある作品もある。それなのに、画面の端ぎりぎりにに押してある。小さな印にして、もう少し中に押しても良いはずだ。

没年の作品には署名と落款をせずに終わった物があり、それは波光が代わって押しているという。それらの署名のない落款だけの作品を見ると、波光は華岳の流儀を尊重しているように見えるのだが、やはり少し内側に押してある。それが正当だろう。

実は華岳の印が気になって確認するのは今回が初めてではない。自分で印を押す時に、迷うと不思議と華岳の印の位置が気にかかるのだ。栖鳳の間を詰めた、見事な置き方を見ようとは思わない。

おそらく、答えを探しているのではなくて、納得をしようとしているのだろう。自分の感覚を信じる事に。

 

ピーター・ドイグ展

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国立近代美術館「ピータ・ドイグ展」

美術展へ出かけるのは、ほんとうに久しぶりだ。10ヶ月?

以前だったらあり得ないことなのだが、無理をしてまで見たいと思う展示もなかった。最近の美術館に出かける気がしなくなっているのも確かだ。ゆっくり見るという楽しみが無くなってきていて、アトラクションにでも付き合っている気分になる。

 

ドイグの展示予告を見たときに、「イギリスで画家の中の画家と言われている」という一文があり、興味を持った。図版だけでは分からないが、これを批評してマーケットにのせるシステムと国に興味を持った。とてもそんな絵とは思えないのだが、実物はどうなんだろう。もしかしたら、思ったより面白いかもしれないと期待もした。

 

美術館も新型コロナ対策で予約制をとっているが、それほどに混むとは思えないので、普通に出かけた。案の定客は少なかった。

ビデオ画像から引用したと思われる絵画。過去の有名作家を思わせるテクニック。いろいろの方法が試みられているので、それが「画家の中の画家」ということらしいが、あいにく面白いとは思えなかった。絵の横の解説は数行読んで止めた。うるさい。勝手に見させてくれと思った。見ているだけで面白くないようなら、自分とは縁がないのだ。

 

批評家には良い素材かもしれないとは思った。何十億円で売れたとかは投資の問題だ。もうそういう時代は終わったなぁと、感慨深かった。

覚悟

最近、寺田透の本を読んでいる。彼は1915年に生まれて、1995年に亡くなっている。私の父より少し若く、母よりも年長だ。

大学生の頃、美術や文芸の評論を幾つか読んだ覚えがある。正統なことを言っているのだが、難渋で読むのに疲労したのを覚えている。途中からは避けていた。

再読をするきっかけになったのは、石井恭二の現代語訳「正法眼蔵」の注に引用されていた、禅の「偈」という詩型についての言及だった。この一文を書いた寺田と引用した石井の間に、ただならぬ空気を感じたからだ。

あらためて「絵画の周辺」を読み、彼の美術批評の凄さに驚いた。私が密かに紡いでいた日本美術史の解釈について、すでにいくつもの点を抑えて指摘しているのだった。これは画家でないとわからない視点と思っていただけに唸った。なぜ彼だけが気づいたのだろう。

寺田は自分の評論の姿勢を書いている。絵画であろうと文芸であろうと、自分の存在を脅かすもの(作品)に拮抗する業だというのだ。したがって彼の文章は、論理を真っ直ぐに並べるようなことにはならない。身体の伴った思考のうねりが常に同居していて、いささかの偽りも許されないという姿勢がある。解らないところはそれを述べて、言い直すこともたびたびだ。それが晦渋の気味を醸し出す。そのことで、誰もが見えなかったものを見て、指摘する。並の評論家だったら、それらを己の手柄とするだろう。しかし、そのことに留意している気配がない。なぜだろう。

私はいま、寺田の「道元の言語宇宙」を少しずつ読んでいる。この本の一部は岩波書店の公開講座で語られたものだ。聴衆は戦争を経験してきた同じ世代の人たちだろう。寺田は「眼蔵」を坐禅する人の思惟であると断言して、自分とは分離しながらもそれを読み解こうとする。ここにあるのは何だろうか。

私には、一つ答えを導き出すことを求めていたとは思えない。存在のために、自分の目で見て感じ、考えることの覚悟をした人たちが居たのだと思う。

今日は八月の十五日だ。覚悟を忘れないでいよう。

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8月の風景

個性

五嶋みどりのバッハ「無伴奏パルティータとソナタ」を偶然耳にした。彼女の演奏にはあまり興味がなかったので、ただ聞き流していたのだが、途中で音が素晴らしいことに気がついた。素人の私にはその原因はわからない。しかしこんな音を鳴らす人だったのかと驚いた。

 

彼女が変わったのか、私が変わったのかが分からないので、古い録音を聞いてみると、やはり演奏が変化している。しかしそれは昔から持っていた特質を進化させたものだった。今まで彼女のバイオリンをオーケストラのバックで聴いていたので、それが分からなかったのだ。ソロになることで、その特質が私にも明解に聞き取れたのだ。

 

私は、こうした行き方での完成があったのかと目を開かされる思いがした。彼女は自分の特質を捉えて、しっかりとその個性を進化させている。芸術が個性を確立するために存在するものだと、改めて気付かされると同時に、彼女のそれがいかに難しい作業であったかを思った。

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