日常

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神楽坂での個展を終えて一週間ほどが経ち(https://youtu.be/ZNsyXNNyJ1U)、その間のどこかで「日常」という言葉が浮かんできて、それを考え続けている。

ギャラリーは表通りに面していたのだが、明治時代の建物で、窓の外の樹が葉を茂らせて外界を遮断していたからだろうか。あるいはウィルスの流行するこんな時節で、来訪者が限られ、おのずからフィルターが働いていたためだろうか。

会期中の会場に流れていた空気は、今までにない物だった。それを「日常」と呼んではみたが、それが何者かが未だに分からないのだった。

個性

五嶋みどりのバッハ「無伴奏パルティータとソナタ」を偶然耳にした。彼女の演奏にはあまり興味がなかったので、ただ聞き流していたのだが、途中で音が素晴らしいことに気がついた。素人の私にはその原因はわからない。しかしこんな音を鳴らす人だったのかと驚いた。

 

彼女が変わったのか、私が変わったのかが分からないので、古い録音を聞いてみると、やはり演奏が変化している。しかしそれは昔から持っていた特質を進化させたものだった。今まで彼女のバイオリンをオーケストラのバックで聴いていたので、それが分からなかったのだ。ソロになることで、その特質が私にも明解に聞き取れたのだ。

 

私は、こうした行き方での完成があったのかと目を開かされる思いがした。彼女は自分の特質を捉えて、しっかりとその個性を進化させている。芸術が個性を確立するために存在するものだと、改めて気付かされると同時に、彼女のそれがいかに難しい作業であったかを思った。

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耕山老師の50回忌

加藤耕山老師の50回忌に合わせて、遺作の書画を並べるというので、嫁はんと五日市の徳雲院まで出かけた。私は毎年命日近くには墓参をしているのだが、一緒に行くのは初めてだった

その説法は、言われた時には意味が分からず、ずっと正体を捉えることができずに、ただただ謎だった老師ではあったが、最近になって少し分かってくるとこが出てきた。

帰宅した夜に、そんな話を嫁はんにしていると、彼女は「それは、こういう意味でしょう?」とあっさりと老師の言葉を解いてみせるのだった。

恐るべし、嫁はん。

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「海人」を観て

千駄ヶ谷の能楽堂で『海人』を観る。この演目はダイナミックな構成のためか、人気があるようだ。しかし、私はどうもいつも途中で眠くなってしまい、ほとんどの時間を夢うつつで過ごすのを常としている。

これはこれで良いものだと思って、その夜も会場の椅子に座っていた。

 

ところが今回の友枝明世のシテは、亡き母の幽体が良くて、「・・波の底に沈みけり 立つ波の下に入りにけり・・・」と前シテが退場するまで目が離せなかった。いつもは聞き流すこの言葉にも、現実味があって凄みを感じた。

もっとも、私はその後スーと眠りに入って、気がつくと龍女になった後シテが立っていた。しかし意識を戻さないことにして、夢うつつでこの舞を楽しんだ。

 

千駄ヶ谷から奥多摩の奥にある我が家までの道のりは遠い。

帰りの電車の中で、正法眼蔵の『光明』の章を眺めていた。「地獄道・餓鬼道・畜生道・人間道・天に光明がある。これらの諸世界がどのようであるかを、一切は光明である他はないと説いてる」とあった。

舞台の上に五色の光明が現れるのを眺めていたのか、私が五色の光明だったのだろうかと思いながら、山の湖畔にある凍りついた家に辿り着いた。

2020.01.19

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