水墨が 時代を超えて起動する

2025.12.07

水墨絵画は 約700年前に完成している

その時代から さまざまな社会体制の変化を経験しながら 成長してきた

水墨絵画が それだけの間 歴史を積み重ねることができたのは

用具が簡素で 教養の有る人物にとっては 日常の文具を流用することができたことが 一つの原因ではあろう

にも関わらず 筆墨紙の表現は 繊細で精緻な自己表現を可能にしている。

それゆえに 水墨絵画は 東アジアの絵画の中で 特別の地位を獲得してきた。

しかしそれは 近代以前の話である

大陸では共産革命が完結するまで

日本では明治時代末期 遅くとも敗戦前までのことだろう

近代になって 個人は大衆・市民・人民の一人になった

芸術も 誰もが平等に楽しむことが 可能になった

そんな時代には わざわざ地味で難解な 水墨絵画を必要とする者は居なくなる

とはいえ 現代は近代が終ろうとしている時代だ

民主主義の限界も露になっている

個人が自覚できなければ AIに飲み込まれることが 現実になっている

そんな 未来となる次の時代が見えない時には 芸術を社会が提供することはできない

時代の変革期には 各自が芸術を用いて 世界を創らざるを得ない

そんな時に 歴史をたどって会話を可能にする水墨絵画は 起動する

文人画の曖昧さ

水墨教室で、普段とは違った甲州箋紙の滲みの強い紙を使った描き方を体験してもらっていた。墨色や筆の変化を楽しめるからだ。

私は水墨画で滲みの強い紙を使うのを好まない。それは表現が曖昧でも、筆や墨の面白さで絵画が成立していると誤解してしまうからだ。そのために基本的には夾宣、福建玉版、粉蓮などを勧めている。

久しぶりに甲州の和画箋を使って描いていると、はじめ慣れずに戸惑っていたが、何枚か描いていると、この紙の面白さが分かってきた。

神経質に詰めるよりも、気分を大らかにして、描いたほうが良い結果が出る。そして明末清初から明治大正時代の文人画家といわれる人達が使う筆癖が分かってきた。

彼らの描いているのは気分なのだ。どうりで詰めて読み取る事ができないはずだった。

それはそれで憂さを晴らし、感傷にふける事は出来るだろう。しかしその先を描いてはいないので、それを知らないと、無い物を求めて迷う事になる。八大山人、浦上玉堂、富岡鉄斎には引導を渡す。

Unno Jiro  SUIBOKU Exhibition

人間ってなんだ

開催日時:2023年11月24日(金)〜26日(日)11:00〜18:00
会場: co-lab-canvas Villart
東京都杉並区和田 3-11-2
東京メトロ「東高円寺駅」より徒歩 10 分 (タクシー¥700)

特別企画:
1)画家の感性であなたを描きます
2)ギャラリートークとminiパーティー 24日(金)17:00より
要予約費¥2,500円  e-mail: info@unnojiro.com 海野   

 

夜明け

空が少し白み始めた頃に
帯を直しながら台所へよたよたと辿り着くと
二匹のアカネズミが待っていた。

年取った方が口を切る
 そろそろ負債を払って頂く時期になりました
 分かっているでしょうが
つづいて若いのが、帳面をいちいち読み上げ始めたので
この状態では無理だと分かるだろうと、二匹を遮った。

長い沈黙の後で
 猶予が無いのは分かっているはずです
 心掛け次第です
そう言って、二匹は引き上げて行った。

いつまでも呆けていられないので
立ち上がって、蛇口の水を掬って飲んでいると
まだ暗い湖の対岸から、銃声が届く。
さらに一発。

夜は明けたらしい。

恐れても逃げるな

 この数年、毎年亡くなった老師の命日には、墓参をしてから、道場で少し座ることにしている。別棟でこの日にあわせて遺墨が並べられているのも楽しみの一つだ。

 書画を眺めながら、毎年違った物を感じるのだが、今年は特に今までと違ったものを感じた。それが何故なのか二、三日考えていた。

 それは軸に書かれた書が読めずに、筆の運びを辿ったことに始まっていた。その文字は墨の丸い塊としきり見えなかったが、よくよく目を凝らすと、筆の運びが読み取れて、文字と認識できた。その続きで、他の書や絵も筆の動きを読みながら過ごすことになる。文字記号や絵図としてではなく、線として見たのだ。80歳代と90歳代での筆線には明らかな違いがある。

 この見方は特別なことではなく、だれもが書画に向かうとき自然にとる姿勢だ。

 何が特別だったかと言えば、私が今までそのような目で、老師の書画を見なかったことにある。その原因を探ると、恐れだったのだと気がつく。逃げていたのだ。甘えていたのだ。何から逃げていたのかは分かっている。

 改めて亡き老師と会えた気がした。